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下京区ってどんなところ?

下京区

京都市下京区といっても、県外の方はピンと来ないかと思います。
しかし、京都を訪れた方にとって、下京区は、とても馴染みの深いエリアでしょう。

それもそのはずです。
下京区は、簡単に説明してしまえば、京都駅周辺のエリアだからです。
下京区は、鴨川、西高瀬川、JR東海道本線、四条通に囲まれたエリアということができます。

区内には、川が多いのも特徴です。
東端には高瀬川が流れ、西端には西高瀬川が流れています。

京都へのアクセスの第一ポイントである新幹線が通る京都駅を中心に、
河原町通、烏丸通・堀川通、五条通など、
観光客の方も見聞きしたことがあるであろう京都市街の主要道路が通り、
まさに京都市の玄関口としての役割を担うエリアです。

主要道路を通じ、京都市街への観光や産業へのアクセスの拠点ということもできます。
JR京都駅ビルをはじめ、市内にある百貨店のほとんどが下京区に位置しており、
観光客をはじめ、京都府民の買い物客でにぎわっています。

伝統的な京の品、お土産から、最新のトレンドファッションまでショッピングが楽しめるのです。
京都駅前に白くそびえる京都タワーは、京都のシンボル的存在です。

京都に来た!という感じがします。
展望室は地上100メートルのところにあり、
京都市の碁盤の目に廃された町並みや、
緑豊かな京都市周辺の景観を360度にわたり、楽しむことができます。

一方で、昔からの京都の伝統工芸や産業も残っており、
京扇子や京友禅、京人形、京漆器、京仏具といった伝統産業が今も受け継がれ、
観光客の目や心を潤わせる主要な産業の一角を担っているのです。

西本願寺、東本願寺という、歴史的にも有名な寺院をはじめ、
数多くの寺院や歴史的な建物も有するエリアでもあります。

西本願寺

西本願寺は、かの親鸞聖人が創建されたのが始まりとする浄土真宗本願寺派の本山にあたります。

東本願寺は、浄土真宗大谷派の本山で、親鸞聖人が死んだあとに、
故人を慕う人々によって廟堂と言われるものが建てられたっていうのが始まりといわれ、
御影堂には親鸞聖人の御真影が、阿弥陀堂にはご本尊である阿弥陀如来が安置されているのです。

いずれも由緒あるお寺です。
近代的な商業施設や、伝統産業の活気がある区域がある一方で、
下京区の西側エリアには「市民の台所」としての役割を担う京都市中央卸売市場があります。

上質で気品ある京料理を提供する旅館やホテル、
京のおふくろの味であるおばんざいを提供する飲食店やレストラン、
もちろん、各家庭の食卓や、観光客のお土産用まで幅広いニーズに応え、
市場には、新鮮な海の幸、山の幸、珍しい京野菜が並びます。

また、伝統産業の根付く下京区には、京都リサーチパークといった先端産業の拠点もあり、
SOHOオフィスなど若い起業家の支援や、産学公の連携をサポートしているのです。

京都といえば、祇園祭を楽しみにされている方、一度は祭りを見てみたいと思われている方は多いでしょう。

下京区には、祇園祭の鉾町ほこまちが数多くあり、祇園祭りのある7月には、
山鉾が立ち、どこからともなく祇園囃子が聞こえ、京都らしさ、風流な雰囲気を醸し出しています。

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京都の暮らし

京都に転勤

滋賀の病院から、
京都市内の病院に転勤になりかれこれ1年、
京都の暮らしにもすっかり慣れてきましたが、
やはり京都は1000年の歴史のある街らしく、
観光で訪れていた時とは違う顔をみせてくれています。

私は、市内の病院の小児科で常勤の医師として勤務をしていますが、
病院への通勤の良さから、住まいは下京区に決めました。

ここは昔ながら京都の住まいである「長屋」もありますが、
現代風なカフェ・店舗などもあり、もちろん私が住んでいるマンションなども建てられており、
今昔が上手く混在している街といえるでしょう。

私の勤める病院に通う子供たちもいるので、
街を歩いていると「先生」と言って声をかけてくれるお母さんや子供たちがいるというのは、
都会ではなかなかない事ではないでしょうか?
とはいえ、決して田舎でもないこの京都の下京区という街は、
なんとも言えない心地よさを感じる街です。

小児科

小児科というのは、患者が赤ちゃんから就学前の子供が大半です。
これはとても気を使います。
どの小児科のドクターもそうでしょうが、
赤ちゃんなどまだ言葉を発することのできない子供が患者の場合には、
その症状、顔色、体温、便などから疾患を見抜かなければなりません。

大人でしたから、「胃が痛い」「胸が痛い」と痛みの部位を教えてくれますし、
その痛みも「ズキズキ痛い」「チクチク痛い」などとその痛みを現わしてくれます。

医師はその痛みの具合によっても疾患の判断ができるのですが、
言葉を言えない子供の場合はそれができないので、患者を診る時には毎度の事ですが、
慎重にならざるを得ません。

投薬する薬剤もその子供の体重に合わせた量を投薬しなければならない、
当然の事ですが、子供は体重が少ないですので、1g単位で調整をしなければならないので、
こちらも当然気を使っています。

そんな慎重な診察の中で、この京都の言葉を借りていうなら「ほっこり」する時は、
付き添いのご両親が京都弁で話されている時などには、ほっこりとした気分になります。

いいところ

京都弁というのは不思議な魅力があるのです。
これは大人だけではなく、まだ小さな子供もご両親と同じように京都弁で話しているのを耳にすると、
やはりここは「京都」だ、と感じずにはいられません。

これは当然なんすが、やはり私のような他県から来た者にとっては、
子供も京都弁を話しているというのは「ほっこり」とする瞬間です。

「ほっこり」といえば、病院食にも「ほっこり」をしています。
今、評判の「おばんさい」って言うんですか、
ああいった何でもないような料理が病院のメニューにもでるんですが、
決して濃い味付けではないのに、しっかりとダシの味がきいているので、
定番のカレーやハンバーグといったものより、
こういったお惣菜のようなメニューが美味しいのが京都の良い所かと思っています。

看護士さんが自分で漬けたという漬物を昼食の時に出してくれるんですが、
これまた絶品で、京都の人は誰でも漬物を漬ける事ができるかと不思議に思うくらいです。

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小児科勤務医師の日常、あれこれ

患者本人に聞く

小児科に勤務していると、当然のことながら子供の診察になりますが、
話の相手は大人、つまり親御さんということになります。

そうなると、子供に話を聞こうと思っても、先にお父さん、
お母さんがワイワイと話をしがちです。

親としては、確かに年端もゆかない子供に話を聞こうとする医師にいらだち、
自分たちが話してしまった方が早いと考えるのでしょうが、
医師としては、まずは患者さんから話を聞くのが鉄則です。

たとえそれが年端もゆかない子供であったとしても、
ある程度自分で自分の気持ちを、あるいは意思を伝えられる年齢であれば、
まずは聞くことから始まります。

子どもとの接し方

親は、子供のことをなんでもわかっていると思いがちですが、
意外と子供というのは、親に心配を掛けまいとして黙っていたり、
時には嘘をついたりするものです。

その点、医師になら、本能的に本当のことを言わなければいけないと感じたり、
あるいは本当のことを言ってもいいのだと感じることがあります。

意外な子供の言い分を聞いて、そんなこと言ってなかったじゃないのと、
びっくりする親御さんもおられますが、子供というのはそういうものなのです。

医師でしかわかりえないこと、あるいは医師だからこそわかることがあるので、
あえて小さな子供にも優しく、平易な言葉で尋ねることが重要だということになるのです。

小児科勤務をしていると、こうした親と子の感覚のずれが非常に目につきやすく、
子供の不思議を感じる瞬間でもあります。

親が怖い、親に心配を掛けたくない、あるいは親に叱られると思っているのかもしれず、
その理由はわかりませんが、親からの話を聞くだけでは、
本当に子供が感じている不調を見抜く判断材料にならない場合もあるということを、
肝に銘じておかなくてはなりません。

こうした小児科医の姿勢を見て、子供への接しかたを考え直してくれる親御さんもいらっしゃれば、
そうしたことに全く気付かず、これまで通り、自分が見たことを自分が考えた解釈で、
子供はこうなっていると、頑固に信じ続ける親御さんもいます。

こうした凝り固まった考えは危険なのですが、よほどひどい場合以外は、
親に言って聞かせるのはむずかしいでしょう。

子供にわかりやすく説明して諭すことで、
親が気づいてくれるのを期待するほかありません。

小児科医の日常は、診察そのものも大事ですが、
まさにこのやりとり、いわゆる患者さんとのコミュニケーションが重要です。

しかも、内科や外科なら、患者さんのみとやり取りすればいいだけですが、
小児科医は患者である子供と、患者でない親とを同時に相手にしなければならないので、
対応の切り替えが大変です。

それでも、子供が元気になれば、親もうれしくなり、
お礼を言われると、よかったと思うでしょう。

子供が元気になることで親も元気になる、その手伝いができることが、
小児科医としてのやりがいのある毎日を作ってくれているのではないだろうかという気がしています。

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京都市下京区の小児科地域医療について

子どもと大人の違い

小児科医として勤務していると、当然のことながら、
大人と子供の特性というものを考えてしまいます。

同じ病気になるにしても、大人の場合、
なんとなく疲れてきたな、という感じに始まり、
疲労感が抜けないという状態が続き、ついにはダウンしてしまった、
という状況が多いと思います。

反対に、子供はさっきまで元気に遊びまわっていたと思っていたのに、
急にぐったりしてしまったのでおかしいなと思い、
様子を見てみると高い熱がでていた、などということがよくあるのです。

このような子供特有の急激な体調の変化に、
親としてはびっくりすることもあるだろうと思われます。

そのため、小児医療においては、夜間の救急対応も仕事に含まれ、
言ってみれば、大人に比べ、待つことができない医療ということがいえるでしょう。

そんな小児科の特徴を考えると、京都市下京区のように交通の便が発達し、
商業施設が数多く立ち並び、いつも人の行き来が絶えない地域にある小児科は、
緊急の場合に駆けつけやすい立地だと言えるかもしれません。

夜になれば早々に公共交通機関が終わってしまい、
タクシーを拾うのにも難儀するような住宅街に住んでいると、
マイカーがなければタクシーを電話で呼び、待つしかありません。

素早く来てくれればいいですが、救急車ではありませんから、
時には時間がかかることもあるでしょう。

けれど、風邪で高熱を出したようだというような状態であれば、
まさか救急車を呼ぶというところまでは、どうしてもためらってしまうと思います。

かといって、わが子が苦しんでいるのを見ると、
親としては一刻も早くと思ってしまうことでしょう。

下京区のいいところ

下京区のような利便性のよい地域であれば、
こうした突発的な子供の不調に、比較的速やかに対応できると思います。

そうした場所で小児科医療を進歩させることが、
小児科医療全体を底上げすることになるのではないでしょうか。

地域の特性上、どうしても速やかに医療が受けられない地域では、
どのように対処すべきなのか、利便性のよい地域の臨床結果が、
別の答えを導き出すかもしれないのです。

その意味において、下京区に在住し、
いつでも診察に取り掛かれる状況にある小児科医の果たすべき責任や役割もまた、
大きなものなると思います。

子供が少なくなってきたことで小児科が減り、
安心して小児科にかかれないということをよく耳にしますが、
そうした懸念に対する不安を払しょくできたなら、
もっと子供が欲しいと思う人も増えるのではないでしょうか。

そのための地域医療として小児科の充実をはかることも、
すくなくなってきた小児科医の勤めであり、充実させることで、
ここにも変化が起こせると思います。

進歩し、充実してくれば小児科に興味を持って、
小児科医になろうと思う医師が増えるかもしれず、
安心してかかれる小児科がある地域として、
医師にも地域にも好影響を与えることができるかもしれません。

これは、今後、長い時間がかかったとしても、達成すべき課題です。

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下京区在住・小児科勤務医のつぶやき

下京区の現状

地元の京都府立医大を15年前に卒業して 、
地方大学の総合病院勤務を8年してから地元にに帰ってきた小児科医として、
病院勤務しています。

京都は盆地であることから 夏は異常に暑く、逆に冬の冷え込みは尋常では有りません。
そのことは地方勤務して京都に帰ってきてから痛切に感じました。

子供のころから 京都の気候には慣れているはずなのに 南の方の大学だったせいか
京都に戻ってから 何度も風邪をひいてしまうことがありました。

また ひのきが どっさり植わっているので 花粉を吸わずには暮らせない地区でもあります。
そういう意味で小児科勤務していると小さいのに 花粉症をは省している子供が沢山います。

花粉症

花粉症はアレルギ-体質があるとてきめんに発症するのですが、
それにしても他県に比べると 発症年齢が若すぎると思います。

学会での報告では 親の代から京都に住んでいると
親の体質が確実に子供に引き継がれることもあり、
どうしても体内に蓄積されるのが 早くなるようです。

この報告は学会で多くの支持を得たわけではありませんが、
京都の小児科医の医師たちは 体感として そうだなあと思っています。

まあ逆にその分、親子で花粉に対する対策も行き届いているような気がします。

小学校に集団検診の応援で出かけると それを強く感じます。
マスクの着用率が他県と比べて 全然違います。
学会等で大阪に出ることは良くあります。

その時にJR東海道本線で 山科、京都、山崎、高槻、吹田、
大阪と 西に進みますが各停の普通列車に乗るとそれが良くわかります。

やはり京都駅とその周辺の駅の子供たちはきっちりマスクをしている子どもたちが多いですし、
吹田当たりに来ると マスクをしている子どもたちは皆無です。

戦後の材木市場施策として 十分な先読みをせずに
植樹したつけが確実に 具現化しています。

何らかの策をするべきことを痛感します。

また冒頭で言いましたが気温の変化の幅が 大きいので
特に夏場、熱中症にかかる子供たちが 2010年ころから増えてきたでしょう。

まあ これは全国的にも同じことが言えるのかもしれませんが・・
それと小児科は あまり人気がありません。

あの鳴り物入りで始めた研修医制度、行きたい地区、
行きたい科を学生たちに任せて2年間学ぶという新しいシステムが始められて少し時間が立ちました。

小児科はその流れの中で人気がありません。
外科医、小児科医は 他に比べて緊急度がたかく、
その分医療への責任も高くなります。

それは卒業したばかりの学生にとっては厳しいというのは良く理解できるのですが・・
その結果として 地方医療の崩壊と 言われるような事が起きています。

田舎の方には若い医師たちは行かない、医師が集まらないという現象が起きているのです。
そういう意味で京都は 京都大学医学部、京都府立医大と冠たる 大学があり
むしろ地方から学生たちが集まってくる立ち位置に有ります。

私の勤務する総合病院でも 地方出身の若い医師がたくさん集まっています。
これは これで素晴らしいことではあるのですが
日本全体の医療を考えたときに本当にこれでいいのかなあと感じるこの頃です。

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京都の下京区に住んでいる小児科の医師のひとりごと

赤ちゃん

自分は京都の下京区に住んでいる小児科の医師です。
毎日、可愛らしい赤ちゃんの病気を診ています。
赤ちゃんはしゃべれない分、大変診察が難しいと感じています。

お腹が痛い、喉が痛い、背中が痛い、気持ちが悪いなど、
赤ちゃんは言葉で伝えることができないのです。

ですから、赤ちゃんの診察は大変難しく、慎重に行わなければなりません。
そして、お母さんの話もきちんと聞くことが重要になります。

ぐったりしている、鼻水が止まらない、咳き込んでいて苦しそうなど、
赤ちゃんが話せない分、お母さんに話してもらわなければならないからです。

そして、お母さんの話を聞くことによって、お母さんの不安を取り除くことも重要です。
お母さんが不安になっておろおろとしてしまうと、赤ちゃんにとって良いことは何一つありません。
できることなら、お母さんには、赤ちゃんの病気が治るまで、暖かく見守っていてほしいのです。

ですから、自分は、赤ちゃんの診察をしながら、お母さんの診察をするという意気込みで病院に勤務しています。
また、赤ちゃんの病気の治療は、大人とは異なり、大変繊細です。
赤ちゃんは身体が小さい分、様々な身体のパーツも小さくなっています。

呼吸器官は細いので、大人ならちょっと喉が痛い程度の風邪であっても、呼吸困難を起こすことがあります。
また、注射1つとっても大変です。
赤ちゃんの血管は大変細いので、大人に注射するのとは異なり、手先の器用さが求められます。
大人にする注射と同様に考えていると、赤ちゃんの血管に針は入りません。

ですから、赤ちゃんの病気の治療は大変神経を使います。
さらに、赤ちゃんには赤ちゃん特有の病気があります。
大人では罹らない病気に、赤ちゃんはかかるのです。

特有の病気

よくお母さんに聞き返されますが、赤ちゃん特有の病気というのは様々あり、
大人が聞いたことも無い病気の名前もあるのです。

ですから小児科医は、病気に詳しいだけではダメで、
赤ちゃんの病気に詳しいというレベルが必要になります。
もう、日々、勉強です。

そして、経験を積むしかないのだろうと思っています。
自分は赤ちゃんが可愛くて、大好きです。
だから、赤ちゃんが回復して元気になると、嬉しくなります。
そして、お母さんが笑顔になると、心の底からほっとします。

こんな経験は、小児科医にしかできないのではないでしょうか。
自分は、小児科医になって良かったと思います。
大人を診る医師も良いのですが、赤ちゃん特有の臭いをかぐと安心します。
そして、赤ちゃんが笑うと、意味もなく自分も笑ってしまいます。

自分は、今日も、明日もあさっても、病気の赤ちゃんを診て、そして、笑顔に救われるでしょう。
赤ちゃんは小さい身体で病気と闘い、そして自分は、その闘いに勝てるようにサポートします。

そして、勝たせます。
それが自分の仕事です。
これから医師を目指そうと考えている方は、
ぜひ、赤ちゃんに囲まれる生活を想像してみてください。

そして、そこで毎日笑顔で仕事ができそうだと考えたら、
ぜひ、小児科医を目指してみてください。